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医療法関連コラム

勤務医に対する報酬支払を「給与」ではなく「業務委託費」として処理する場合の税務リスクと実務上の判断基準

1. はじめに(問題の所在)

医療機関(個人開設の診療所、病院、医療法人、一般社団法人等)が、非常勤医師、当直医師、あるいは特定の専門科目(麻酔科、放射線科など。)の医師に対して支払う対価を、雇用契約に基づく「給与」としてではなく、委任契約に基づく「業務委託費」として会計処理する例は、それなりに目にすることがあります。医療機関にとっては社会保険料の負担回避や消費税の仕入税額控除による節税を期待でき、医師にとっても事業所得として必要経費の実額控除や、優遇税制(租税特別措置法26条)の適用による税負担軽減が図れるという双方の利害一致からこのような処理が選ばれているのであろうと推測されます。

しかし、税法上の所得区分や契約の性質は、契約書のタイトルの書き方という「形式」だけで決定されるものではなく、医師の就労実態を評価の上で実質的に判断されます。税務調査等において役務提供の「実態」を検証され、実質的に雇用関係にあると判定された場合、医療機関側および医師側の双方に大きな負担となる追徴課税が課されることとなります。

これは、極めて大きな問題と思われるので、法的判断基準および具体的な税務上のリスクを、医療機関および医師双方の視点から考察してみます。

 

2. 「給与所得」と「事業所得(または雑所得)」の区別に関する基準

所得税法上、「給与所得」(所得税法28条1項)と「事業所得」(同法27条)は明確に区別されており、その課税関係には大きな差異があります。最高裁判所の確立した判例(最判昭和56年4月24日民集35巻3号672頁「弁護士顧問料事件」、最判昭和53年8月29日訟月24巻11号2430頁「日本フィル事件」等)によると、支払われた対価が「給与」に該当するか否かは、以下の基準に照らして判断されるように思います。

ア 指揮命令関係および時間的・空間的拘束性の有無(給与所得の指標)

役務提供者である医師が、雇用主(医療機関等)の指揮命令に服して役務を提供しているかどうかです。具体的には、診療体制、勤務日や勤務時間、提供する医療行為の手順等について病院側から指示を受け、時間的・空間的に拘束されている(欠勤時のペナルティや自由な時間配置が制限されている等)場合、労働者と認定され、対価は「給与所得」と判断される可能性が高くなります。

イ 自己の計算と危険における独立性の有無(事業所得の指標)

「事業所得」とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得」と解されています。医師自身が経営上のリスク(売上減少リスクや医療事故における自己責任リスク等)を直接負担しておらず、提供した時間や日数に対して一律の対価を受け取るにすぎない場合、それは危険と計算の自己帰属がなく、事業性(独立性)を欠くとみなされます(つまり、給与所得と評価されるということです。)。

 

3. 雇用契約(給与)と業務委託契約(外注費)の実務対比

雇用契約(給与所得)と業務委託契約(外注費/事業所得・雑所得)の主な取扱いや実務上の差異は以下の通りです。

区分・評価項目 雇用契約
(給与所得)
業務委託契約
(外注費/事業所得・雑所得)
所得税法上の区分 給与所得
(所得税法第28条1項)
事業所得(同法第27条)または雑所得(同法第35条)
実質的判断基準 病院側の指揮命令に服し、時間的・空間的拘束下での非独立的な労務提供。危険と計算の自己帰属がない。 自己の計算と危険(責任)において独立して遂行。指揮命令を受けず、自律的に業務を処理。
医療機関側の
消費税の取扱い
非課税(不課税)取引
(仕入税額控除の対象外)
課税取引
(原則として、仕入税額控除の対象)
医療機関側の
源泉徴収義務
源泉徴収義務あり。
「給与所得の源泉徴収税額表」を適用。毎月源泉徴収し、年末調整等を行う。
原則不要。
所得税法204条の源泉徴収義務の規定(社会保険診療報酬等)を除き、医療機関が支払う業務委託費は対象外。
医師側の経費控除 実額の必要経費控除は不可。
一律の「給与所得控除」を適用。
実際の業務遂行に直接要した「必要経費」の控除が可能。要件を満たせば「租税特別措置法26条(概算経費の特例)」適用。
社会保険の適用 常時勤務の場合、病院側で健康保険・厚生年金・雇用保険の加入手続および労使折半負担が必要。 病院側での社会保険加入は発生しない。
(医師が自ら医師国保・国民年金等に加入)

 

4. 医療機関(支払者側)における3大税務リスク

税務調査等において「外注費(業務委託)」としての会計処理が否認され、「給与所得」への振り替えを命じられた場合、医療機関側は直ちに以下の追徴課税および法的責任を負うことになります。

(1)源泉所得税の徴収漏れに対するペナルティ(不納付加算税・延滞税)

本来、給与として源泉徴収すべきであった所得税を徴収・納付していなかったことになるため、医療機関側が「源泉徴収義務者」として過去数年分に遡って源泉所得税額を「自己の資金」から一旦全額納付するよう求められます。これに対して、不納付加算税(10%または5%)および期限超過に応じた利息としての延滞税が重課されます。源泉所得税額は、医師に支払った額面に給与課税税率を直接適用(未徴収の場合はグロスアップ計算)するため、追徴税額が著しく高額になる傾向があります。これは、医療機関にとっては、非常に大きな損失となります。

(2)消費税における「仕入税額控除」の全額否認(最大の税務リスク)

これが実務上、最も巨額の追徴課税を招くリスク要因です。消費税法上、外部事業者へ支払う「業務委託費(外注費)」は課税仕入れに該当し、医療機関が納付するべき消費税の計算において仕入税額控除(消費税の控除)が認められます(消費税法第2条、第30条)。しかし、対価の実態が「給与」であると判定された場合、給与は消費税の「不課税取引」に該当するため、過去の仕入税額控除が全額否認されます。この結果、医療機関は、否認された消費税額(外注費の約10%に相当する額)をすべて遡って追徴され、さらに過少申告加算税(10%または15%)および延滞税が課されます。医療法人等において、複数の医師に対する外注費が否認された場合、数千万〜数億円規模のキャッシュアウトにつながる例もあり、医療機関の被る損害は甚大です。

(3)社会保険料の遡及徴収および労働法上の責任

税務調査で「実質的な雇用(給与)」と認定されると、年金事務所や労働基準監督署からも同様の指摘を受ける契機になりえます。その医師が労働法上の「労働者」および社会保険法上の「被保険者」に該当する場合、健康保険、厚生年金保険等の保険料について、最大2年分を遡及して徴収されます。社会保険料は労使折半(事業主が約半分を負担)であるため、医療機関側の追加負担分は極めて大きくなります。さらに、就業規則の適用や残業代の未払い請求など、労働紛争に発展するリスクも想定されます。

 

5. 医師(勤務医側)における2大税務リスク

報酬区分の否認は医療機関側だけのリスクではありません。実態と乖離した税務申告をしていた医師本人に対しても、個人の所得税・住民税の側面から厳しい処分が下されます。

(1)実額経費(必要経費)の適用否認と「給与所得控除」への差替え

医師が当該報酬を事業所得として確定申告し、自ら支払った学会費、研修費、研究用書籍代、車両関連費、旅費交通費などを必要経費(実費)として売上から差し引いていた場合、これらが「給与所得」と認定されれば必要経費の計上は原則として否認されます。医師に認められる控除は、法定の一律の「給与所得控除」のみに差し替えられるため、差し引いていた必要経費の分だけ所得が再計算され、所得税および住民税の追加納税(過少申告加算税および延滞税が含まれます。)が発生します。

(2)租税特別措置法第26条(医師優遇税制)の特例適用の否認

個人でクリニックを開設している開業医などが、他院へ「業務委託」として応援に行き、その報酬について租税特別措置法26条(医師優遇税制)の概算経費の特例(社会保険診療報酬が5000万円以下、総収入7000万円以下の場合、実額経費ではなく一定の経費率による控除を認める制度です。)を適用して申告しているケースがあります。しかし、他院から受領した業務委託の報酬は、「社会保険診療報酬」そのものには該当しません。この点について裁判例(東京地判令和2年1月30日)は、個人で診療所を開設する麻酔医が他院において業務委託契約に基づき行った手術業務等の対価について、租税特別措置法26条1項に規定する「社会保険診療報酬」には該当せず、特例の対象外であると判示しました。したがって、給与への否認、あるいは業務委託そのままであっても、本特例の対象外とされ、多額の追徴課税を受けることがあり得ます。

 

6. 税務調査で雇用(給与)とみなされる5つの要素

税務当局は、契約書の形式的な文言よりも「実態」をみます。大まかにいうと、以下の要素が存在する場合、実質的に「雇用」と判定される危険性があるように思います。

(1) 勤務時間および場所の拘束性:「毎週○曜日の○時から○時まで」「当直時間帯の勤務」など、勤務日時と場所が医療機関から一方的に指示・拘束されており、医師側に選択権や他者への差替え(代行の自由)がない。

(2) 病院設備・資材の無償利用:診療に必要な診察室、医療機器、検査システム、カルテ、薬品、事務スタッフにいたるまで、病院側の資産を無償で利用しており、医師自身が業務遂行にあたって投下資本や金銭的な事業リスクを一切負っていない。

(3) 報酬の算出根拠が時間や日数を基準としていること:報酬が「1回につき○万円」「1時間あたり○円」のような固定時間単価であり、診察した患者数、手術の高度さ、実際の成果(出来高)等と無関係に決定され、医師が自身の裁量や効率で売上を増やす余地がない。

(4) 医療事故等の責任帰属:患者とのトラブルや医療事故が起きた場合、一次的・最終的な損害賠償責任や法的な紛争処理の負担をすべて医療機関側が負うものとされており、医師個人が自営業者としての損害賠償リスクを直接負担していない。

(5) 服務規程等の適用:医療機関の「就業規則」「服務規程」「出退勤管理」が非常勤医師にも他の正職員(雇用契約)と同様に適用され、業務上の指揮監督を日常的に受けている。

 

7. まとめと医療実務上の対策

医療機関における医師への報酬処理を「業務委託」とするスキームは、社会保険料の削減や消費税の仕入税額控除といった多大な財務的メリットを生む一方、その実態が「労働の提供」にすぎない場合、そのメリットを帳消しにするほどのデメリットをもたらします。税務調査は数年分遡って検証を行うため、否認時の追徴課税(源泉税・消費税・社会保険料+各種加算税・延滞税)は医療法人の経営を根底から揺るがす大きなリスクにさえなり得ます。

本リスクを回避するためには、単に形式的な業務委託契約書を交わすだけでなく、業務委託契約の内容にふさわしい役務提供の実態(自律的な業務指揮、出来高基準による報酬設計、代行・差替えの自由度の明文化、医師個人の医療賠償保険への自費加入、カルテ共有・カルテ責任の明確な分担等)を整備し、「指揮命令を排したプロフェッショナル間の事業者間取引」であることを客観的に立証・説明できる体制を構築することが肝要です。

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