エステティック行為とあん摩マッサージ行為の境界線
はじめに
あん摩マッサージに最も関係する法律として、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律(通称「あはき法」といいます。)が挙げられます。
同法では、医師以外の者が業としてあん摩またはマッサージを行うには、あん摩マッサージ指圧師免許を受けなければならないことが規定されています(同法第1条)。
この規定に反し、免許がない者があん摩、マッサージに該当する行為を行った場合については、50万円以下の罰金刑が科される可能性があり(同法第13条の7第1項第1号)、実際に逮捕に至った事例も報告されています。
したがって、特にクリニックにおいて痩身エステ等の提供を検討されている場合やエステサロン等を経営される場合には、リスク管理の観点からも、あはき法におけるあん摩マッサージの定義および関連する規制について正確に把握しておくことが重要です。
そこで、本コラムでは、あはき法や関連する留意点について詳しく解説していきます。
あん摩マッサージとはどんな行為をいうのか
(1)あん摩マッサージの定義とは?
実は、「あはき法」の条文においては、あん摩マッサージの定義を明確に示した規定は存在しておりません。
もっとも、厚生労働省の職業情報提供サイト「jobtag」では、あん摩マッサージ指圧師の業務内容について、「体の痛みやこりなどの症状を訴える人たちに対して、主に手や指などを用いて押し・揉み・叩きなど力学的な刺激を身体に与える指圧・マッサージにより身体のこりをほぐし血行を良くしたり、脊椎のゆがみを矯正することにより、症状の緩和・改善、体力回復、健康増進を図る」ものと紹介しています。
また、かなり以前のものでありますが、厚生省医務局長は、昭和38年1月9日の通達において、「あん摩とは、人体についての病的状態の除去又は疲労の回復という生理的効果の実現を目的として行なわれ、かつ、その効果を生ずることが可能な、もむ、おす、たたく、摩擦するなどの行為の総称である。」との見解を示しています。
以上の点を踏まえると、あん摩マッサージ行為とは、以下の二つの要件を満たす行為であると解されます。
- 主に手指を用いて、押し・揉み・叩くなど力学的刺激を身体に加える指圧・マッサージであること。
- ①の行為が、体の痛みやこりなどの症状の緩和・改善、体力回復、健康増進を図る等、生理的効果の実現を目的とし、その目的を達成し得るものであること。
(2)あん摩マッサージと評価されるのはどんな場合か
既に述べた通り、ある施術があん摩マッサージに該当する場合には、あん摩マッサージ指圧師の免許を有する者以外が当該施術を行うことはできません。したがって、行おうとする施術があん摩マッサージに該当するか否かの判断は、極めて重要な論点であるといえます。
もっとも、前掲の定義のみをもって、その該当性を的確に判断することは容易ではありません。そのため、どのような事情が存する場合に、当該施術が定義の①および②の要件を充たすといえるのかについて、更に踏み込んだ検討を行う必要があります。
この点に関し、厚生労働省医政局医事課長が、平成15年11月18日付の通達に(102ページ参照)おいて、以下のような見解を示しております。
「特定の揉む、叩く等の行為が、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律(昭和22年法律第217号)第1条のあん摩マッサージ指圧に該当するか否かについては、当該行為の具体的な態様から総合的に判断されるものである。」
「施術者の体重をかけて対象者が痛みを感じるほどの相当程度の強さをもって行うなど、あん摩マッサージ指圧師が行わなければ、人体に危害を及ぼし、又は及ぼすおそれのある行為については、同条のあん摩マッサージ指圧に該当する」
この通達は、長崎県福祉保健部長から、ある施術行為が、あん摩マッサージに該当するか否かについて疑義照会を受けた際の回答として厚生労働省医政局医事課長より発出されたものです。同通達においては、当該疑義照会に対する具体的な見解として、「その行為の強度、時間等によっては、同条のあん摩マッサージ指圧に該当する場合もあると考えられる」との判断が示されています。
あん摩マッサージに該当するかの判断要素について、行政庁としての明確な基準が現時点で示されているとは言い難いものの、少なくとも、当該施術を無免許の者が行うと、対象者の人体の健康に害をなすおそれがあるのか、との観点から、「その施術が対象者の体に与える負荷の程度」に着目して判断がなされていると解されるでしょう。
問題となりうる事例
(1)エステティック行為の逸脱
近年、人々の美容に対する関心の高まりを背景として、エステサロンにおいて提供される施術内容は多様化の傾向を見せております。その施術の中には、「あん摩マッサージ」行為に該当すると判断される可能性のあるものも散見されるところです。
その代表的な例として、痩身エステが挙げられます。
痩身エステにおいては、サウナや温浴を用いて発汗を促進させる施術のほかに、揉む・押すといった手技が一般的に行われています。
これらの手技は、しばしば被施術者が痛みを覚える程度の強い力で実施され、施術後に身体に赤みや内出血を伴う場合もあります。また、施術後に帰宅した被施術者が、身体の痛みやかゆみを訴える事例も報告されております。
このような実態に照らすと、痩身エステにおける強度の高い手技は、「痛みを感じるほどの相当程度の強さをもって行うなど、あん摩マッサージ指圧師が行わなければ、人体に危害を及ぼし、又は及ぼすおそれのある行為」に該当すると判断される可能性があり、無資格者による施術は、違法と評価されるおそれがあります。
なお、たとえ当該施術が「リラクゼーション」、「リフレクソロジー」、「カイロプラクティック」、「リンパドレナージュ」等、名称上はエステティックに属するものとして提供されていたとしても、施術の実態があん摩マッサージに該当するものである場合には、当該行為が違法と評価されることを免れないと解されます。
(2)広告について
上記に関連して、「マッサージ」という表現にも気を配る必要があります。
「マッサージ」という表現は、日常用語として、身体を揉む・押す等の行為全般に広く用いられている背景があり、「マッサージ」との表示を用いたクリニックやエステサロンの広告を目にする機会も少なくありません。
もっとも、「あん摩マッサージ」施術が行われていないにもかかわらず、「マッサージ」という表現を広告することは、消費者に対し、「あん摩マッサージ指圧師の資格を有する者によって、あん摩マッサージ指圧が行われている」との誤認を生じさせるおそれがあります。
この点に関し、令和7年2月18日に厚生労働省が発表した あはき・柔整広告ガイドラインでは、無資格者による施術に関する広告に記載すべきでない事項として、以下のような表現が挙げられています。
(1) 内容が虚偽にわたる又は客観的事実であることを証明することが できないもの
(2) 他との比較等により自らの優良性を示そうとするもの
(3) 早急なサービスの利用を過度にあおる表現
(4) 費用の過度な強調 利用者に対して費用の安さ等の過度な強調・誇 張等については、利用者を 不当に誘引するおそれがあることから、本指針での広告やウェブサイト等に 掲載すべきでないこと。
(5) 科学的な根拠が乏しい情報に基づき、利用者の不安を過度にあおる等して、 事業所等へのサービス利用を不当に誘導するもの
(6)あはき師法、柔整師法等に抵触する内容を含むもの
(7) 公序良俗に反するもの
(8) 関連法令等で禁止されるもの
特に、(6)の 「あはき師法、柔整師法等に抵触する内容を含むもの」については、「平成24年8月2日に独立行政法人国民生活センターが公表した資料では、(一部省略)あん摩マッサージ指圧以外の行為を提供する場所において、「マッサージ」という語句を用いた広告等がみられ、消費者に誤認を与えるおそれがあると指摘されている。」と前置きしたうえで、「無資格者の行為は、国家資格が必要なあん摩業、マッサージ業、指圧業、 はり業、きゅう業若しくは柔道整復の業務とは全く異なることから、国家資格を必要とする業を行っていると利用者に誤認を与えるような表示は不適切であり、(一部省略)広告及びウェブサイト等に表現すべきでないものである。」としています。
このような記載内容を鑑みると、あん摩マッサージ指圧以外の行為を提供するクリニックやエステサロンにおいて、「マッサージ」という表現を広告に使用することは、あはき・柔整広告ガイドラインに反すると評価される可能性が高いものと考えられます。
さらに、無資格者が施術を行う場合には、あはき・柔整広告ガイドライン等に反する内容とならないよう、広告表現について細心の注意を払う必要があります。
その他
エステティックサロンを運営する株式会社が上場しようとする場合、エステとして行われている施術があはき法に抵触しないことを確定させる必要があります。また、広告内容が景品表示法やあはき・柔整広告ガイドライン等に抵触することがないよう、広告審査体制を内部において整備することも求められるでしょう。
エステティックサロンを運営する株式会社が上場しようとする場合においては、上述の点に特に意識しなければならなくなるので、注意する必要があります。